taro.tsuruga@webinar-c-lab.com/ 5月 22, 2018/ 未分類/ 0 comments

こんにちは。鶴賀太郎です。

 

日大の悪質タックル問題、大きな話題になっています。

 

僕がこの「事件」を知ったのは、試合の翌々日。姉貴からSocial Media経由で「知ってる?」と送られてきました。

最初に観た感想は「ひどいな」というものでしたが、ここまで大騒ぎになるとは思わず気に留めずにいたら、気付いたら大事件になっていました。

 

大事件になってから報道を時々追いかけてみるようになりましたが、いくつか気になったことがあったのでまとめてみました。

 

「壊せ」「潰せ」は日常茶飯事!?

まず日大の内田監督が「壊せ」とか「潰せ」という指示を出したとされる問題。

この言葉自体に驚いたフットボール関係者はあまりいないのではないでしょうか。「壊せ」はおろか「殺せ」という言葉が飛び交っていても驚きません。

少なくとも僕がいた20年前のフットボール界では普通に飛び交う言葉でした。このことは内田監督を擁護する理由に一切ならないので丁寧に説明する必要があると思いますが、少なくともフットボール界にはそういう言葉が飛び交うカルチャーがありました。

繰り返し申しますが今回の事件は本当に非道いのですし、このことが起きてしまった背景にはそうしたカルチャーが影響していることは否めません。その上でなおそのカルチャーを全面否定しないというのが僕の立場です。

しかし今回の事件があまりにも大きく取り上げられてしまったため、そうしたカルチャーを全否定してしまう風潮、ないしそういうカルチャーを肯定したら炎上しそうだという空気があり、そのカルチャー自体があることを認めるフットボール関係者の声をあまり聴いていません(もっとも世の中にフットボール出身の有名人が少ないせいか、コメントをしているのがフットボールとは無縁な人が多いのもその理由かも知れませんが)。

というわけでまずはなぜフットボール界に「壊せ」という言葉が往来するようなカルチャーがあるのか、について簡単に説明したいと思います。

 

言うまでもなくフットボールはコンタクトスポーツです。一度でもコンタクトスポーツを経験したことがある方でしたら、当たった瞬間に「こいつ強ぇ」とか「こいつなら楽勝だ」といった感覚を味わったことがあるかと思います。

そして相手に「こいつ強ぇ」と思わせることができたら、勝ちだという側面もあります。というのもフットボールはものすごく大雑把な言い方をすれば、1対1の勝負が11個フィールド上で繰り広げられるスポーツです。

そしてサッカーなどのように流れの中で行うスポーツではないので、毎プレーごとに対面(トイメン=向かい側の選手)と1対1の勝負を繰り返すことになります。

もし最初のプレーで相手に「こいつ強いから当たりたくないなぁ」と思わせることができたら試合中常に有利にプレーを進めることができるようになるのです。そう、つまりマウンティングです。

逆にマウンティングを取られたら、完全に試合をコントロールされてしまいます。だからマウンティングを取るために、選手は気合を入れていきます。アドレナリンが放出するような状態に自ら持っていきます。それが「潰せ」とか「壊せ」あるいは「殺せ」です。

要は精神的ドーピングです。
精神的ドーピングのための方法論として「壊せ」「潰せ」以外の方法もあるのかも知れません。もしより適切な方法があったら、そちらに移行するようにした方がいいかも知れませんが、少なくともフットボールのみならずラグビー、相撲、総合格闘技など、コンタクトスポーツを経験したことのある方でしたら、精神的に高揚させていく必然性は皆認めてくれるのではないかと思います。

 

許されざるプレー

上のように「壊せ」精神は擁護する僕であっても、今回のプレーは絶対に許されません。

許されない理由は至極簡単です。反則だからです。極論をすれば反則でなければ、壊そうが、潰そうがかまいません。

関学のQBだって超一流です。死に物狂いで襲い掛かってくるDLに対してでも「上等じゃ!殺せるもんなら殺してみぃ!」くらいの覚悟と向こう気で臨んでいるはずです。

ルールの範囲内で襲ってくる分には対処できます。

この場合の対処というのは、実に感覚的な問題です。プレー中、プレーが終わった直後の状態は体は戦闘モードにあります。その状態では実はタックルされてもあまり大きな怪我をすることはありません。

しかしプレーが完全に終わったと思って気を抜いている状態でタックルされるのは、街なかでタックルされるのと一緒です。

あのプレーはQBがボールを投げてから(タックルしてもいい状態から)3秒近く経っていました。あの状態でのタックルは非常に危険です。フットボールの常識でいうとありえないタックルです。許されないタックルです。

それはハドル(チームの作戦会議)で「壊せ!」とか「殺せ!」とか雄叫びを上げているのとはわけが違います。そしてあのプレーには、通常の激情任せとは違う異様さが感じられました。

僕だけでなく、多くのフットボール関係者があの動画を見た瞬間にある種の異様さを感じ、選手個人の判断じゃないという直感をしました。

もしこれが一部で報道されているように、本当に監督・コーチがプレッシャーをかけた末で起こしたことなのだとしたら、本当に許されないことです。

 

後ろからのタックルはしてもいい?

そういう意味でもフェニックス(日大)の対応は、ありとあらゆる意味で残念です。

今回のことがチームぐるみであろうとなかろうと、非は完全にフェニックスにあります。この自体は深刻です。そのうえで、僕はマスコミの一般のコメンテーターに対してなんだかなぁと思うことがあります。

中には「まったく目に見えない死角からのタックルですよ。あれは本当に危ない。犯罪行為です」というようなことを言っている人がいます。

ええ、死角から入ってますよ。危ないですよ。

でもそれがフットボールです。

先ほども書いたとおり、件のプレーは投げた後3秒後くらいに起きています。でもあれが投げる前だったら、たとえ背後の死角からのタックルであってもそれは超ファインプレーです。

下の動画の中盤以降を見て頂けたらわかると思うのですが、QBサックと呼ばれるディフェンス最大のビッグプレーは、背後の死角からのタックルで成立しています。

つまりフットボールは背後からのタックルもありという危険なスポーツなんですよ。それでもそれがルールで許されているのは、他の選手も全力でQBを守るので、ドフリーで背後からタックルが行くなどというシチュエーションはほとんどないですし、QBの方もQBの方でプレー中だったら、緊張感で気が張っているので怪我をしないということなんです。

確かにこうやってタックルが集まっている画像を見ると、フットボールは野蛮なスポーツのように感じられるかも知れません。しかしそれがフットボールですし、その野蛮さを許容できる鍛え上げられた選手たちがやっているスポーツでもあるのです。

 

 

宮川くん会見

たった今、偶然ラジオで悪質なタックルをした宮川くんの会見を聞きました。

驚愕しました。怒りました。

彼が会見で話した内容が本当なら、一部メディアで報じられていた以上の内容でした。

一言でいえばいじめです。

僕は今の大学フットボールを追っていないので、宮川くんの選手としての素養も人間性も知りません。しかし少なくとも会見の音声を聞く限りでは、このような世間的な大注目が集まっている会見にも関わらず、非常に堂々としており、会見の内容も非常に事実関係を克明に記した信頼できそうなものでした。

いわく練習もろくにさせてもらえず、学生選抜も辞退するように言われ、挙句に相手チームの選手を潰さなくては試合にださせない、と。

は!?

理解不能です。

僕が学生時代いたチームは、フェニックスと何度も対戦しましたし、在学中に二度勝っています。

しかし正直いって鉄の規律を持ったフェニックスと比べると、よくいえば紳士的、悪く言えばあまちゃんのチームでした。

だから監督が絶対的で、上が黒といったら白も黒になる世界の話はよくわかりません。

それでも僕は学連の委員長として関東大学アメリカンフットボール連盟(現関東学生)の運営をしていたので、他の色々なチームの選手たちも見てきました。

僕のいたチームはスポーツ推薦がなかったのですが、スポーツ推薦がある大学の選手の意識は僕らとは全然違いました。学生時代に打ち込めるものが欲しいという僕のチームメートとは違い、明らかに「フットボールがなければ大学にはいけなかった」という選手もおり、どこかの社会人チームから引っ張ってもらえるかどうかで、就職できるかどうかも決まるという選手もたくさんいました。

そういう環境の選手たちは、自然と鉄の規律に従っていくようになることを僕は非難できません。

 

今回のことで、宮川くんのことをテレビでカンニング竹山さんが擁護したらネットが軽く荒れたようです。いわく「いくら上からの指示でも、あそこまでやるのは酷い」「大学生なのだから善悪の判断はついていたはずだ」など。

どれもごもっともですよ。はい、正論。
でも生きるために必死でフットボールをやっていた人たちが、上意下達の空気に抗えないことを僕は責められない。

僕自身は何不自由することなく学校に通わせてもらい、親のお金で部活もやらせてもらっていた中、同世代が生きるためにフットボールにしがみついていたのも見てきました。

宮川くんがどのようなバックグラウンドを持っているかは全然知らないけど、フェニックスに監督の命令は絶対というカルチャーがあることだけは知っている。

 

それにしてもなぜ今回のようなことをチームがさせたのか、まったく理解不能です。

 

宮川くんを干したかったのなら、彼が辞意を伝えにいったときに慰留することもなかったはずです。

それとも本当に関学のQBを壊したかった?

だとしたら異常です。

関学は関西学連のチームですから、フェニックスが関東を制覇しても当たるのは半年後。
その半年後まで関学のQBが復帰できないような怪我をさせようとしていたとしたら、それは本当に殺人教唆に等しいと言わざるをえません。

さすがにそんなはずはないと思いたいのですが、そうでないとしたら動機はなんだったのかが本当に意味不明です。

故篠竹監督は何を思うのか?

僕は現役時代何度もフェニックスと対戦していますが、内田監督の存在はあまり知りませんでした。というのも、僕の現役当時は名物カリスマ監督、篠竹幹夫監督が指揮をとっており、正直その他のコーチ陣の影はとても薄いものでした。

篠竹さんは荒唐無稽な漫画みたいな人で、ご自身の著書の中にも「5メートルの軍用犬と格闘した話」などが出てくるような昭和の劇画的な人でした。

鋭い眼光と日本人離れしたバリトンボイスを持つ日本フットボール界を牽引したカリスマでしたが、どこか可愛げのある方でした。

篠竹さんなら「殺してこい」とか「死んでこい」の一言二言は軽く言っていたように思います。

冒頭で挙げていたドーピングコンテクストでしたら確実に言っていたでしょう。

しかし選手からの畏敬を集めていた篠竹監督がわざわざ「本当に壊せ」ということはなかったのではないかと想像しています。

皆、ある種の悲壮感を持ってやっていたので、わざわざ言うまでもなく皆決死の覚悟でフットボールをやっていたような感覚がありました。

そのことが学生スポーツにとっていいことかどうかはわかりませんが、篠竹監督の薫陶を強く受けた内田監督が、自らには篠竹さんほどのカリスマがないにも関わらず、選手に昔の選手と同じような決死の覚悟を望んでしまったのことに原因もあるのではないかという気がしています。

しかし今は時代も違いますし、内田監督は篠竹監督ではありません。

日大フェニックスの指揮を取るということに関しては大きなプレッシャーもあったでしょうが、塀された空間の中で勝手に自分のことを偉大な指導者だと勘違いしてしまったのでしょう。

しかし将来あるわかものに大変な暴力を教唆し、指導者もクソもありません。

今はすでに刑事告発もされています。

「全部俺の責任だ」という任侠まがいの落とし込みをするのでなく、きちんと犯行動機の究明をし、二度のこういうような構造が蔓延しないようにしなければいけません。

 

宮川くんにもう一度フットボールを

最後に、今回の加害者である宮川くんにもう一度フットボールをさせてあげたい。

彼は悪い。

それはわかっている。

だけど、フットボールを愛し、信じ、それに青春をかけた有望な若者の行く末がこれじゃあまりにもせんない。

もう一度彼がフットボールができる環境づくりをなんとか作ってあげたい。

 

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