【映画評】AI時代の生き方を示唆をくれるピクサーの傑作『カーズ3』

taro.tsuruga@webinar-c-lab.com/ 8月 15, 2017/ AI時代, ビジネスモデル, マインドセット, 副業, 起業/ 0 comments

はい、こんにちは。
ウェビナーCラボの鶴賀太郎です。

今日は終戦の日ですね。
黙祷

さて、今日は映画評です。
なぜいきなり映画評?

このブログはウェビナーを通じて、ビジネス、起業、副業を支援するウェビナーCラボのものですが、その背景にある問題意識としては「正解のない時代をどう生きるか?」「AI時代にどう働き、どう生きるか?」というのがあるんです。

そして今回評する映画『Cars3 クロスロード』は、まさにAI時代をどう迎え、それをどう生きるかというテーマに、ピクサーならではの非常に深い示唆を与えてくれる素晴らしい映画でした。

さて映画評を始める前に、僕がやっていた個人ブログ時代からのお約束なのですが、僕の映画評は完全にネタバレを気にせず行います。

今回の『カーズ3』については最後にちょっとした仕掛けがあるのですが、そこの部分については一応あからさまにしないようにしますが、後は基本ネタバレを気にしないので、これから観に行く予定のある人は観てから読んで下さいね。

では行きましょうか。

【映画評】「Cars 3(カーズ/クロスロード)

 

監督・脚本:Brian Fee
プロデューサー:Kevin Reher
製作総指揮: John Lasseter

ディズニー/ピクサーの人気シリーズ『カーズ』の第3作

監督は御大John Lassetarから、『カーズ』シリーズ、『レミーのおいしいレストラン』『ウォーリー』などの脚本チームに従事してきたBrian Feeを抜擢。

(あらすじ)

強烈なデビューを果たして以来、レースで結果を残し続け伝説的な存在となっていたクルマの世界の中の天才レーシングカー、”ライトニング”マックィーン。

 

マックィーンは順調にキャリアを重ねベテランチャンピオンとして活躍をしていたとき、突如なぞの新人ジャクソン・ストームが出現する。

ジャクソン・ストームは科学的データに基づき最適化されたレーシングカーで、圧倒的強さを見せながらレース界を席巻する。

ジャクソン・ストームに対抗しようと無理をしたマックィーンはクラッシュ事故を起こしてしまい、そこからの再起にかけるが、その間にもジャクソン・ストームを始め多くの新人レーシングカーたちが台頭し、マックィーンのようなオールドスクールのレーシングカーはどんどん引退を余儀なくされていく。

その中、マックィーンは無事再生を果たせるのか?

そうしてマックィーンの再生の旅が始まります。

 

『カーズ3』=『ロッキー4』??

この映画まずは素晴らしいのが、(正確に時間を測っていませんが)冒頭の10分位で、オールドスクールのチャンピオンであるマックィーンが、次世代の科学的に最適化された新世代の完璧なレーシングカー、ジャクソン・ストームにどう挑んでいくかという物語の構図を手際よく描いているところです。

 

その構図を提示されることによって、観客はすぐに『ロッキー4』と同じテーマだね、と知らされます。

 

『ロッキー4』は、親友ボクサーをソ連の科学的トレーニングを積んだロボットのように強く、感情もないボクシングマシーン・ドラゴに殺されたロッキーが、ピークを過ぎた肉体で暑っ苦しいハートでどう挑んでいくかというお話です。

 

そっくりですよね。

 

一般的に『カーズ3』は、全盛期を過ぎた下り坂のスターがどうカムバックするか、はたまたどういう散り際をみせるかがテーマになっているかのように語られます。

 

そして事実世代交代の物語でもあるのですが、その台頭してくる新世代が科学的合理を極めた存在であるというこの『ロッキー4』構造がとても大事なんです。

 

というのも、そのことによって『カーズ3』が単なる新世代の台頭のことを描いているのではなく、その新世代がAI(人工知能)を暗喩していることがわかるからです。

 

製作者は本当にそんなことを考えているのか?と疑問を挟む人もいるかも知れません。

でも昨年末にはAIの囲碁プログラムAlphaGoが世界に衝撃を与え、年初のダボス会議ではAIの成長のスピードの速さに世界のリーダーたちが戸惑いを表明していることを考えると、ピクサー程のクリエイター集団がその問題をスルーするとは思えません。

あるいはAIということを自覚的には意識していないかも知れませんが、絶対にそうした世の中の流れは感じ取っているはずです。

 

『ロッキー4』における科学的、ロボット的というのは、革命論理優先で感情が通わない社会主義陣営の象徴であったのですが、『カーズ3』におけるそれはAIの象徴なのです。

 

ということで、『カーズ3』をあらためて定義すると、

それは圧倒的パフォーマンスを持つAIが台頭してきていることを、我々人間はどう受け止め、その時代をプロフェッショナルとしてどう生きていくべきなのか?を問うている映画なのです。

 

興味を植え付ける素晴らしい手際

そうして考えると、この物語の結論が『ロッキー4』のように、暑っ苦しい根性論でハートに火をつけてドラゴをぶっ飛ばしてフーーッ!!というようなカタルシスに着地するのではないということが予想されるわけです。

 

だって冷戦における自由主義陣営と社会主義陣営の戦いは、どちらかが勝つという筋書きで決着をつけることはできるけど、AIのパフォーマンスの向上は不可逆ですから、単純に温かい人間らしさがAIに勝つということを描くだけでは説得力がないですから。

 

つまり映画開始の冒頭10分15分で、世界最高峰のクリエイター集団が、来るべきAI時代の備え方に対してどういう結論を出すんだろう??という興味が湧いてきて、物語を追っていくモチベーションになるんです。

これはお見事。

負ければ引退。さてどうする?

物語ではマックィーンは次のレースでジャクソン・ストームに負ければ引退を余儀なくされることになっています。

 

ではマックィーンはどのようにしてジャクソン・ストームに対抗していくのでしょう?

 

一つだけ確かなのは、今のままでは絶対に彼に勝つことができないということです。

 

そこでマックィーンが最初に取るのは、ジャクソン・ストームと同じ科学的な練習方法によって鍛え直すという方法です。

 

マックィーンはチームの新しいスポンサーの力を得て、最新鋭の施設でトレーニングを積むことになります。

 

そしてここで登場してくるのがクルーズという女性トレーナーです(クルマだけど)。

 

このクルーズというのは、優秀なトレーナーとして描かれているのですが、とても大切なキャラクター配置になっています。

 

映画の中のコーチの新しい形

『カーズ』もそうですが、これまでの映画のコーチ的な役割の人は、同時に主人公のメンターであるのが通例です。

古くは『ベスト・キッド』のミヤギさんもそうですし、『カンフー・パンダ』のマスターShifuもそうですが、自身も一流のファイターであった人で、主人公の人格的成長を支える師匠でもあるわけです。

これまでの『カーズ』の場合はドク・ハドソンという往年の名選手がマックィーンのメンターでした。

 

でも今回のクルーズは、若い女性トレーナーです。

見ていると様々なコーチングのスキルを持っています。

自己啓発的なスキルも兼ね備えています。

 

でもレーサーとしての実績はありません

それどころか、砂地の走り方やダートでのハンドルの切り方さえ経験がないのでわかりません。

 

そうすると、大人の観客はこのクルーズに対して感情移入がしにくくなります。

人によっては、相手によってコロコロ変えるコーチングのスキルを薄っぺらに思う人もいるかも知れませんし、自己啓発の部分を胡散臭く感じる人もいるかも知れません。

 

実際マックィーン自体も、トレーニングセンターで行われるトレーニングに嫌気がさして飛び出していきます。

『ロッキー4』と同じ結論?

飛び出したマックィーンにクルーズがついていくものの、彼は慣れ親しんだ昔ながらのトレーニング方法に回帰していきます。

 

ここで観ていてちょっと不安になるわけですよ。

 

「あれ、『ロッキー4』と同じパターンの結末なの?」って。

 

でも少しずつ『ロッキー4』と変わってくるんですね。

 

1日ビーチでトレーニングをした後に、実践レースを求めて飛び込んだのが、Thunder Hollowといわれる泥の中で行われる全滅バトルロワイヤルレースでした。

 

レースの実態を知ったときには時すでに遅しで、マックィーンとクルーズは参加せざるをえなくなりました。

結果はマックィーンの援護も得たクルーズが、荒くれクルマの間隙を縫って生き残って優勝します。

ピクサーらしからぬ描き込みの甘いシーン

このシーン、なぜ必要なのか一見わかりにくいんです。

 

クルーズが優勝したことによって、クルーズが信条を吐露するきっかけになるという意味では重要といえなくもないですが、そのためだけに配置しているシーンではないんですよ、実は。

 

これは『カーズ3』に流れる大きなテーマを暗示しているんです。

 

それは世の中には様々な価値観が存在するが、一つの絶対的正解があるわけではない。観点が違うだけなので、あらゆる価値観は対立する必要はなく、共存できるというものです。

 

このテーマについては後でもう少しきちっと説明しますけど、このレース自体のことを少しお話しますね。

 

このレースの目的は「最後まで生き残ること」です。

そしてそのためには相手を潰してもいいというルールでレースが進みます。

 

これはマックィーンが参戦している通常のトラックレース、Piston Cupとはまったく別のルール、すなわち価値観です。

 

物語では一見野蛮なレースのように描かれていますが、別にそのレースは否定されていません。

それどころか、優勝したクルーズは喜びます。

 

またこのレース、有名人(クルマ?)であるマックィーンは変装して出場するのですが、最後になって本人(本クルマ?)だということがバレます。

すると、それまで敵役だったMiss Fritterがマックィーンの大ファンだったということが露見します。

 

これはどういうことかというと、二つのレースはまったく違う価値観の上に成り立っているけれども、必ずしも対立する必要のあるものじゃないんだよ、というメッセージなんですね。

 

そのわりには随分とわかりにくいし、ピクサーにしては脚本の描き込みも甘いと思うかも知れません。

 

僕もそう思います。

 

でもそれにはわけがあると僕は思っています。

 

なぜあのシーンは必要だったのか?

これは完全に僕の見立てですが、このシーンは製作のかなり後半になって付け加えられたものなのだと思っています。

 

なぜ無理をしてまでもこのシーンを付け加えなければならなかったのか?

 

それはトランプ大統領です。

 

アメリカ人なら観てピンと来ると思うのですが、あのThunder Hollowというレースの世界観はまさにトランプ大統領の支持層であるラストベルトの人たちが愛する世界観なんです。

なんていうんでしょう、わかりやすい男臭い腕力の世界というか。

 

その所得も教育レベルも高くない、PCを怖れずにいえば田舎臭いトランプを支持する人たちがラストベルトにはいるんです。

 

当然西海岸、東海岸のリベラルで教育レベルの高い人たちの多くは、トランプを支持するなんてアタマがいかれてるんじゃないかと思っています。

 

本来はピクサーで働いているような人が誰よりもトランプを嫌っているんですよね。

 

それにも関わらず、あえてピクサーはラストベルトの人をこの映画では擁護しています。

彼らは違う価値観を持っているだけで、敵ではない、同じアメリカ人なんだと。

 

『カーズ3』は2013年に製作が発表され、2014年には制作準備が始まっていました。

アメリカでの公開は2017年の6月だったので、ストーリーの大枠はどんなに遅くても2015年には決まっていたはずです。

 

それにも関わらず、ピクサーは公開の直前になってトランプが大統領に選ばれるというとんでもない自体に面して、ピクサーなりのメッセージを織り込まずにはいられなかったのだと思います。

 

そんなの深読みがすぎる、という人もいるかも知れません。

 

僕も公開のタイミングとかを考えると、さすがにない話かなとも思いました。

 

でも調べてみると、面白いことがわかったんです。

 

物語の前半でジャクソン・ストームが勝ちまくるレースの一つのレース場の名前がなんと「Rustbelt Raceway」なんですよ。

 

これは怪しいですよね、

っていうか何らかのメッセージが隠されていると考えた方が自然だと思いません?

 

とはいえこんなギリギリのタイミングで放り込んだエピソードだけに、物語上の必然というか完成度はかなり低くなってしまったのだと思います。

 

さてちょっと映画の本編の話から離れすぎたので、ちょっと戻りましょう。

 

先達から習うこと

なんとかジャクソン・ストームに勝つ方法を見つけようと、マックィーンは師匠であるドク・ハドソンの師匠であるスモーキーを訪ねます。

 

ここでスモーキーや往年の名車たちに会うのですが、そこで彼らから重要なことがいくつも示唆されます。

 

その一つはマックィーンがジャクソン・ストームよりも速く走れるようになることはあり得ないということです。

 

このことはマックィーン自身も薄々気づいていたことかも知れませんが、それを過去の英雄たちから時計は巻き戻せないと断言されるのは何よりも説得力があります。

 

それまでのマックィーンは、どうしたらジャクソン・ストームよりも速く走れるようになれるかということに注力していました。

 

でもレースの目的はジャクソン・ストームよりも速くチェッカーフラッグを切ることであり、決して彼よりも速い最高時速を出すことではないんですよ。

 

にもかかわらずマックィーン自体はそれまで最速として鳴らしていただけに、自分が最速でないという事実を受入れられないんですよね。

 

ただその事実を受入れることから始めないと先に進めないというメッセージをこの映画ははっきりと出しているんです。

 

そして映画の終盤にかかったところで、ついにマックィーン自身がそのことを認めざるをえない事態に直面し、そして対ジャクソン・ストーム戦への勝利に向けて事態が風雲急を告げるのです。

 

このことは何を示唆しているのでしょう?

 

そうAIとの向き合い方です。

 

人はもうAIには勝てないことがある、を認める

AlphaGoが世界最高の棋士と言われているカケツに勝ち、将棋でももはやPonanzaに人間が勝つのが不可能になりつつあるわけです。

 

そうした中、AIにとって代わられる仕事というのがよく報道されています。

それに対して「いや、こういうところはまだまだ人間にしかできない」と反論しようとする人も多くいます。

 

でも、今後AIが益々アタマがよくなっていく中、スペック的なものでAIに太刀打ちしようとするのはどんどん無理筋になっていきますし、非生産的です。

マックィーンがジャクソン・ストームに最高時速で勝てないのと一緒です。

 

このことを一旦きちっと認めて総括しない限り、どうやってもAIには勝てないと『カーズ3』はいい切っているんですね。

 

幸せのカタチはひとつじゃない

そしてスモーキーは他にも大切なことも教えてくれます。

マックィーンは、ドク・ハドソンは引退に追い込まれてからはずっと不幸せだと思いこんでいたのですが、必ずしもそうではなかったというんです。

 

ドクがどのような幸せを見つけたかの詳細については映画を観てもらいたいのですが、要はドクは観点を変えることができたため、新しい幸せを見つけたということを教えてくれたのです。

 

つまり多観点化の大切さです。

 

こうした教えは、最後のジャクソン・ストームと戦うレースの場面で役立ちます。

 

容赦なくネタバレすると、最終的にマックィーンのチームはジャクソン・ストームに勝ちます。

でもここでポイントなのは、その勝利がスモーキーら旧世代の叡智によってだけもたらされたものではなかったということです。

それはマックィーン自身の経験が活かされ、そしてクルーズが教えてきた現代的コーチング・自己啓発的手法も活かされました。

そうして初めてジャクソン・ストームに勝つことができたのです。

 

スモーキー、マックィーン、クルーズと三世代、それぞれに持っている価値観は違います。

でもどの価値観が正しい間違っている、優れている劣っているなどという価値判断はしないんですよね

 

目指すべきゴールに向かって、それぞれのいいところを活かしていきながら戦ったのです。

 

それが『ロッキー4』との大きな違いです。

 

『ロッキー4』の裏には東西冷戦という文脈があったので、西側陣営の価値が東側に勝つというカタルシスが用意されていました。

 

しかし『カーズ3』では、ジャクソン・ストームが持つAI的価値観はそもそもクルーズの持つ価値観と一緒ですし、否定することのできないものだったんです。

 

さて長くなってしまいましたが、そろそろまとめましょう。

 

あなたはAI時代をどう生きる?

『カーズ3』は、人が衰えとどう向き合うか、新しい世代の台頭とどう向き合うかというような物語のように見えて、実はAI時代に私たち人間がどう生きればいいのかを示唆してくれる物語でもあります。

 

まず大切なことは、肩肘張ってAIのパフォーマンスに張り合おうと思うのでなく、まずは一旦その素晴らしさをきちっと認めること

 

その上で多観点化をして、新しいゴールをきちっと定めること。

 

そしてそのゴールを達成するために、変な価値判断にとらわれず多様な価値観を認め、そのいいところをどんどん取り入れながら進化していくしかないんだということを、ピクサークオリティーの圧巻のCGアニメーションを使って最高のエンターテインメントに仕立てて教えてくれているのです。

 

ビジネスパーソンこそ良質なエンターテインメントを!

ビジネスをする人の中には、フィクションには興味がないという人がいます。

 

小説を読む暇があるならビジネス書を読むという人も少なくないでしょう。

 

でもね、良質のフィクションというのは凡百のビジネス書の何百倍も含蓄があるんです。

 

時代と真剣に対峙する世界のトップクリエイターが真剣に同時代の人々の心を動かすものを考えて臨むわけですから、ちょこっとお勉強した人が書くビジネス書とは異次元の深さを見せることがあるんです。

しかもハリウッドだと何百億円もかけてそれをしていますから。

 

これからビジネスを通じて世の中をよくしていきたい人こそ、どんどん良質のクリエイションに触れる機会を増やしていってくださいね。

 

ではまた明日!

 

 

 

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