狂っていても、問題ない。

taro.tsuruga@webinar-c-lab.com/ 8月 6, 2017/ マインドセット, 未分類/ 0 comments

はい、こんにちは。
ウェビナーCラボの鶴賀太郎です。

どうやら石原慎太郎がまた燃料を投下したみたいですね。

こちらが彼の8月2日のツイート。

一応、書き起こし。

「最近、女装した男のテレビタレントが大流行だが、あれは一体どう言うことなのだろうか。さっぱり訳が分からない。世の中が衰退し、何でもありと狂ってきた証なのだろうか。」

ちなみに石原慎太郎って2013年にツイッターを登録して以来、わずか19件のツイート。そのうちの一軒がこれですから破壊力ありますよね。

でね、これ、石原慎太郎が言ったと思うからややこしいわけで、家にいる84歳のおじいちゃんが言ったって考えてみてください。

そうしたら、

「そうですねー、おじいちゃん。時代も大分変ってきましたよねー」

なあんて適当に相槌打ってやりすごしますよね。

そしておじいちゃんの発言に怒っているリベラルな親戚の若者には

「まあ、そんなに怒るなよ。おじいちゃんはさ、やっぱり古い人だから。悪気はないんだよ」

っていってなだめすかすんじゃないですか。

 

でね、ここでいう「時代も変わってきている」とか「古い人」っていうのは、何が変わって、何が古いかというと、それは価値観なんです。

 

平たくいうと、人の価値観は変わるってことです。

 

で、年寄りは新しい価値観についていけないんだよ、といって話をまとめようとするわけです。

 

でもよくよく考えたら、本来なら年寄りこそ価値観なんていかようにも変わるってことを身をもって経験しているんですよね。

 

84歳の日本人だったら、天皇陛下万歳/鬼畜米英の価値観から、一夜にしてデモクラシー/アメリカ最高!へ変わったのを経験していますし、アメリカだったらたかだか50数年前には公民権法もなかったのに、すでに黒人大統領が登場したとか。

まあ、女性大統領は前回誕生しそびれましたけど、ツイッターモンスターのオルタナティブトゥルース大統領が生まれたというのは、女性大統領誕生よりも大きな価値観の変化かも知れませんし。

そうした政治的価値観だけじゃなく、もっと柔らかい価値観の変化も色々あります。

たとえば今となったらオードリー・ヘップバーンは美女の代名詞って感じですけど、昔はファニーフェイスって言われていました。

胸毛は男らしさの象徴だったのが、キモイ無理と言われるようになったり。

 

僕自身、1999年にある大きな価値観の変化を感じました。

今の若い人は家族を大事にするので信じられないかも知れませんが、昔は家族のことを顧みるようじゃ男としてイケてないって風潮があったんです。

本当ですよ。

これ、説明しだすと長くなっちゃうので簡単にいうと、1960年代の高度経済成長は企業文化とセットになっていました。

プライベートを犠牲にさせて会社に忠誠を尽くさせる会社の利益と、会社という専業主婦からみたブラックボックスの中にいる限り家庭に対しては自由に好き勝手やっていられるという日本人サラリーマン男性の利害が一致した結果というか。

もっとわかりやすくいうと
「もしもし、ああ、今日も接待で帰るのは遅くなる。週末は接待ゴルフが入っているから、明日はできるだけ早く帰るようにする」
みたいな世界。

本当にしなくちゃいけない接待なんてそんなにないのに、みんな飲みたいから、ゴルフしたいから仕事で仕方なくそうしてるっていう体をとって。

そして共犯にならない人に対しては「あいつは悪い奴ではないが、どうも女房の尻に敷かれていて、もう一皮向けないと一人前にはなれないな」みたいな村八分ね。

その風潮を加速させたのがバブル。

バブルになると経費使いたい放題だから、益々みんな会社ブラックボックスのぬるま湯に浸りたがる。

その結果テレビとか創作物でも、家族思いのお父さんは、まじめだけどどこか垢ぬけないというか、イケてないみたいな描かれ方がされてました。

逆にいうと、面白おかしく生きていて、遊びながら仕事をバンバンこなす人がカッコいいみたいな価値観があったんです。

 

だから奥さんの内助の功に対する感謝とか、育ててくれた両親への感謝とか、そういう言葉は演歌の世界以外であまり見られませんでした。

まあ、面白おかしくやって他人に対する感謝は極力見せないって社会ですから、そりゃ崩壊するに決まっているのですが、バブルが1991年に崩壊した後もまだフワフワした感じがしばらく残るんです。

みんなの心は浮ついているのに、経済が沈んでいてミスマッチがあるという状態です。

それが変わって来たなと直観したのが1999年だったんです。

その年出たのがDragon AshのGrateful Days。

ジブさんも降谷くんも若いですね。

その中の決めフレーズが「Thank you father, mother and my friends」で、これが大ヒットしたわけですから価値観が変わったなと思ったわけですよ。

 

おっと、話が長くなってしまいましたけど、ことほど左様に価値観なんて変わるんです。

そして長く生きて来た人はそうしたことを沢山経験しているはずなんですよね。

 

それにも関わらず、高齢者の方が古い価値観にしがみつくことが多いのはなぜでしょう?

 

これはね、善悪の価値判断をしちゃうからなんです。

 

価値観に善悪という価値判断を貼り付けた状態で刷り込まれてしまっているんです。

 

でも本来価値観に善悪なんてないんです。

「Winkの右と左どっちが好き?」
(古いなぁー。一応解説しておくと、Winkは80年代末の女性のアイドルデュオ。
右左は当時の男子高校生の間の鉄板の質問)

というのと一緒で、相田翔子が好きでも鈴木早智子が好きでもどちらでもいいんです。

 

それが価値観ってものですから。

 

でも中にはそれを善悪の価値判断と紐づけしたがる人がいるんですよね。

 

LGBTは日陰物であるべきで、堂々とテレビに出ているのはよくないことだ、みたいに。

 

でもいいとか悪いとかいう問題じゃなくて、単に出ているだけなんです。

 

さらに言ってしまうと、慎太郎翁の「世の中が衰退」「狂ってきた証」云々の話も、あくまでも彼の価値観だから、いいも悪いもないんです。

単に彼がそう思っているだけですから。

 

LGBTがテレビに出るのも問題ないし、出ている現状を狂っていると思う人がいても問題はない。

まあ、イシハラじいさんの場合は半公人みたいなところがあるから、様々な影響力を考えるとちょっとは問題はあるかも知れないけど、基本的に勝手にさせておけばいいんです。

 

なぜ殊更にこんなことを言っているかというと、善悪でものごとを判断するとろくなことがないからなんです。

 

善悪の価値判断をする人は「〇〇すべき」という考え方をしちゃうんですよね。

そうすると自分が思う「べき」に当てはまらない人に対して苛立ったり、攻撃的になったりします。

 

でも、エネルギーの無駄なんです。

 

だって、価値観なんていくらでも変わるんですから。

善悪も変わっちゃうんです。

 

ましてや正解のない時代って言われる昨今、そんな時代にどれが正しくて、どれが間違っているなんて正解を探していたら、余計なエネルギーを使ってしまいます。

 

 

そういう無駄なエネルギーは使わない。

善悪でものごとを判断しない。

 

それが大事なんです。

 

じゃあ何を行動指針にすべきなのか?

 

これはね、ワクワクなんです。

 

ワクワクしているときは幸せだし、パフォーマンスもあがります。

ワクワクしながら攻撃的になる人もいないし、ワクワクしていて幸せそうな人のワクワクは伝搬しますから。

 

ビジネスでもプライベートでもワクワク最強説

 

まずは善悪の価値判断をして人を責めることをやめることから始めてみましょう。

そうしたらその分確実に自分の中にワクワクできるスペースが広がりますから。

 

では、また明日!

 

カバーの写真はJD Masonさんのご提供です。
ありがとうございます!
JD Mason

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